サラダ菜というネーミング

2004-03-22

「サラダ菜」って凄いと思わないか。


サラダ菜。
レタスの一種であり、「バターヘッド型」という結球のゆるい
レタスのことを言う。鮮やかな緑色をしていて、しんなりとした
歯ざわりは、サラダはもちろん肉料理にもよく合う。通常の
レタスよりもカロチンが多く、栄養面でも申し分ない素敵な野菜だ。


しかしこの「サラダ菜」。僕は凄いと思う。
何故なら、彼はその名前の中に
「サラダ」という別の固有名詞を持っている
からだ。「サラダ・菜」。まさにサラダのためにある名だ。


つまり、ユニークに存在する「モノ」である「サラダ菜」は、「サラダ」という
別のモノの名が入って存在している。そのわかりやすい名は、それだけで
「サラダに使うもの」という印象を与える。存在そのものの意義まで決定
づけてしまうような強い名前を、サラダ菜は持っているのだ。これはすごい。


逆を言えば、このサラダ菜は、「サラダ」無くしては存在することができない。
もしサラダというものがこの世に無かったら、ただの菜っ葉だ。
他のレタス類のように、もっと別の名を持っていただろう。


そう、レタスの系統は、サニーレタス・コスレタス・ステムレタス・サンチュ・
グリーンリーフなどの様に数多く存在する。
その中で唯一サラダ菜だけが「サラダ菜」
なのだ。色々な種類のあるレタスという集団の中で
唯一サラダに選ばれたレタス、「サラダ菜」。
彼は特別な存在だと僕には思える。


サラダ菜という呼び方は日本だけのものだが、広辞苑・国語辞典にも載って
いるれっきとした「名称」だ。サラダに合うからサラダ菜と呼ばれたのか、
それとももっと別のエピソードがあるのかは学の無い僕にはわからないが
それでも僕にここまで考えさせるだけで 凄い野菜だと思う。


サラダ菜。しかしこの名前、料理のサラダがその由来だとしたら、
もし仮に「サラダ」が別の名前だったときに、その名前も連動して変わることになる。


たとえば「サラダ」が「イグア」とかいう名前だったら「イグアナ」になるし
「ヨコヅ」だったら「ヨコヅナ」になる。
夜の食卓で野菜にドレッシングを
かけながら「お、ヨコヅナいっぱい入ってるな~」という家族の会話も
有り得たのかもしれなかったのだ。ああ、なんという惜しいことを。
(わけわからん)



しかし「他の名前と組み合わさって新しい名前ができる」というのは、よくよく
考えてみれば珍しいことではない。例えば同じ菜っ葉に関しても、「油菜」や
「江戸菜」(高菜の異称)のように、別の名前と「菜」という名前が合わさって
できたものがある。


日本のダルマは禅宗の始祖・インドの達磨大使の座禅した姿に模して
作ったものらしいし、サンドイッチだってもとはイギリスのサンドイッチ伯爵が
考えたものだ。これらに関しては、そのまま人物の名前が採用されている。

だからもし僕が「今で言うサンドイッチ」を考え出していたら、今の時代に皆が
「コヤマタツヤ」を食べていたのかもしれないのだ。
ああ、200年前に伯爵より
先に僕が考えていれば…!!
なんという惜しいことを。
(どんどん壊れていく理論)


名前が採用されている、と言えば、勉強でよく目にする法則や公式。
「ヘロンの公式」「ベルヌーイの定理」「ボイルの法則」など、理数系教科で
皆さんもよく出会うだろう。これも、「オレ」って言う名前の人が何か考案
してたら「オレの法式」(略してオレ式)とかあってもおかしくなかったのだ。
まあ、「オイラーの公式」ならありますけどね。

いや、そんな特異的なものでなくともただ日本人が何か考えるだけで、
「山田の法式」とか「榊原の定理」とか「徹子の部屋」とか色々面白いものが
あったかもしれないのに。(実例:オギノ式、など)


数学の「集合」とかの単元で出てくる「ベン図」っていう
(誰でも考えられそうな)
図だって、
ベンさんが考えたからベン図だ。ベンさんじゃなくてポンさんだったら、

ポン図になっていたのだ。

どうでもいいから俺に湯豆腐を食わせろ!!
(なんかおかしくなってきたぞ!)




そして、人の名前が使われている名前と言えば。
僕にはどうしても引っかかるものがひとつある。

「気体は圧力一定の時 絶対温度と体積が比例する」という
その名も「シャルルの法則」。この名前、僕にはどうしても












(昔の少女アニメ)

こういうイメージが頭から離れないんだよォォォ!!
~ 魂の叫び ~






えー、というわけで結論を申し上げますと、

管理人はサラダ菜が大好き、というわけでして。
(原点)