>>> LOG DATA NO.2007-06



 06月11日  --- 書込終了時刻 22:47:34

   バイクみたいな音がすると思ったら、
   自分のパソコンだった。



 演劇の大会

土日に演劇の大会があった。自分の学校の後輩たちの劇や、普通高校の歯がゆい劇や 甘酸っぱい劇を観た。僕はもう5年生だが、後輩の練習を見てやったり、 道具の搬出を手伝ったりすることで参加していた。

そして大会と言えば打ち上げだ。打ち上げではスーパーで買ってきた食べ物を みんなでパーティのように食べたのだが、その食べ物の中にさくらんぼがあった。 すると、部員の一人である女の子が、さくらんぼの茎を口の中で結んでみせた。 この子がこんな能力を持っていたとは。自分もやってみたが到底できない。 すごい技術だと思った。

そして今、何気なく「さくらんぼの茎」と書いたが、 あのさくらんぼの実から出ている緑の長い部分は本当に「茎」 でいいのだろうか。ネットで「さくらんぼ 結べる」 などと検索してみると、 「茎」だの 「へた」だの 「つる」だの 「軸」だの 「枝」だの様々な表現がなされている。 学術的には、果たしてどれが正しい表現なのだろう。もしくはどれが最も一般的な 表現なのだろう。

今日の我が家の夕食にも、さくらんぼが出された。 演劇の大会を終えた僕の頭には、もうさくらんぼしか印象に残っていない。




 見かけの力と潜在的な力

5月に受けた高専専攻科の推薦入試は、わずか5分の面接で終了した。 それが僕の、進学のための活動の全てだった。

その後に受けたTOEICは、大して勉強をしなかったためひどい点数だった。 TOEICは実力が試されるテストなので、付け焼刃の勉強では歯が立たない。 ±25点の誤差があるらしいが、自分のスコアは405点だった。 (TOEICの最高点は990)

自分の学校では、高専専攻科はTOEIC400点以上をとらなければ卒業できない。 つまり、405点はその最低ラインギリギリの点数である。 一般に、新入社員に要求されるスコアは470点程度らしい。 英語は必要なスキルだと思うので、500点くらいを目標にこれから勉強しようと思う。

6月に入ってからは学校の定期テストがあった。 これは特に大きな失敗もなく、まずまずの成績を収められると思う。



自分は、成績は良い方である。高専も高専専攻科も推薦で合格したし、 自慢じゃないがテストの成績もクラス上位だ。だがそれは、あくまでテストの点数が とれるだけにすぎない。前日に寝ないでテスト範囲を暗記しているだけなのだ。

テストの点が良いと、よく「頭が良い」という表現をされるのだが、 自分は決してそんなことはないと思う。ただ、テストの点をとるのが得意なだけだからだ。 自分の周りには博識な友人や、世界情勢を知っている後輩や、仕事の要領が良い先輩がいるが、 自分にはそんな知識や要領の良さはない。ただ学校の成績が良いだけの自分より、 そうした人たちの方が価値があるのではないだろうか。

僕は自分が無知であることを知っているため、最近そのようなことをよく考える。 特に僕の親しい友人に、あまり勉強していないようでいて、そこそこの点数をとる人がいるから、 なおさらだ。彼は授業で受けた内容をあまり忘れないようだ。僕はテストが終わるとその内容を 忘れてしまうが、その友人は昔やった内容を僕なんかより覚えていたりする。

そうした人のことこそを「頭が良い」と言うのかもしれない。 つまり、世の中には 「努力で点をとる人」「努力しなくても点をとれる人」が いるということだ。そしてそのための尺度として、僕は 「点数/勉強時間」という単位を考えた。

これは、点数が高く、なおかつその点数をとるための勉強時間が少ないほど高い値になる。 例えば10時間勉強して100点がとれる人は10という値になり、 2時間の勉強だけで50点がとれる人は25という値になる。 つまり、この場合は後者の方が高い評価になるわけだ。 この値を計算すれば、その人がどれだけ「デキる人か」というのがわかるのではないだろうか。



しかし僕はあることに気が付いた。もし一切勉強をしないで点をとれる人がいたらどうなるだろう。 「点数/勉強時間」なので、全く勉強をしないとすると、0で割ることになってしまう。

ゼロによる除算は数学的に許されない。演算例外なのだ。ここで僕らの計算は停止してしまう。 この例外的なバッドケースを防ぐためにも、僕はこれからもちゃんとテスト勉強をしていこうと思う。

僕はやはり頭の良い人間ではない様だから。