方向キーとボタンが無い時代のゲームづくりについて

Created: 2012-12-30
Modified: 2012-12-30
Written by Tatsuya Koyama

0. 最近の僕は何を考えるか

この文書は平行世界における 21 歳の僕へ向けたメッセージだ。 この記事では

方向キーとかボタンとか最初にお金払うとか色々無くなったけど、
考えることは多くなったね。どうしようか。

ということを書こうと思う。

就職して3年も経つと、人生について色々考えるようになる。 このまま行って最終的に僕は何が作れるのかなーとか、 これから先何年も満員電車で往復する朝晩でいいのかなー、とかね。

まあでも実際は、どうなるか予測のつかない未来のことを考えるのより、 今現在つくりたいゲームのことを考えることの方が僕は好きだ。 そう、どうなるかなんて予測がつかないんだ。 僕はウェブの勉強をしようと思って敢えてゲーム会社を選ばず今の会社に就職したのに、 結局今はゲームをつくっている。 今はまだ、自分がゲームをやるのと作るのを好きだと信じて疑っていないけど、 これから先、ゲームより魅力的な何かが僕の人生に登場しないとも言い切れない。

  • 誰か「10 年後は何をしていると思いますか?」
  • 「そのとき流行っているものによるんじゃないですかねー」

キャリアビジョンなんてくそくらえだ。

1. 最近のゲームづくりは難しい

昨今のゲームと言えば、 タッチデバイスのモバイルゲームソーシャルゲームが市場として大きくなっている。 趣味でちょっとしたゲームをつくるとして、 ソーシャルゲーム(ここでは非同期のオンラインマルチプレイヤーゲームという意味)にはしないにしても、 対象のプラットフォームは iPhone や Android になる。 10 月くらいに趣味で作って公開したゲームも iPhone / Android 向けだし、 今仕事でつくっているゲームもそうだ。

ただ僕は、最近ゲームをつくるときに前より自由に発想ができていない気がする。 何かが僕の思考を邪魔している。 そして前よりも考えるのに時間がかかるようになってしまった気がする。 昔の僕はゲームを作るのがこんなに遅かったか?

要因として、社会人になって知識が増えた(良いものと悪いものを学んだ)ということもあるだろう。 でもそれ以上に、タッチデバイスのゲームを作らなきゃいけないってことが、 制約を強くしているんじゃないかと思えてきた。

もうちょっと言うと、『ビジネスとしてタッチデバイスのゲームをつくる』ってのが大変だってことだ。

2. タッチデバイスのゲームづくりの難しさ

タッチデバイスはよいものだ。

  • 直感的で人間的だ。
  • 子供でも年配の方でも操作しやすい。
  • より柔軟にインタフェースをデザインできる。

僕は嫌いじゃない。

でもインタフェースの作り方が自由ってことは、それだけデザインが難しくなるってことだ。 昔はゲームを作るとき、僕はまずキャラクターを画面に出した。 次に何をやったかというと、方向キーを押したらキャラが動くようにした。 最初の頃はこれだけで嬉しくて、延々と自分のキャラクターを方向キーで動かし続けたものだっけ。

じゃあ今だとどうなる? キャラクターを画面に表示する。ここまではいいだろう。 でもタッチデバイスには物理的な方向キーやボタンが無い。 僕らはまずインタフェースを作るところから始めなきゃいけない。

  • キャラクターをどうやって移動する?
    • タップしたところに呼び寄せるようにする?
    • ドラッグして動かす?
    • 加速度センサーを使って、端末を傾けて動かす?

画面にバーチャルなキーボードを置いたら、 ひとまずタッチデバイスが無かった時代のゲームづくりに帰着できるかもしれない。 でもバーチャルなキーボードがクールじゃないものだってことを、僕はもう知ってしまっているんだ。 画面は狭くなってしまうし、何よりあいつには物理的なフィードバックがない。 「俺は今どちら向きの方向キーを押してるの?」ってことは、画面を見ないと分からない。

さあ、どうする? 前よりも考えなきゃいけないことが多くなったぞ。

3. タッチデバイスの UI デザインの難しさ

方向キーやボタンがあった時代、そこにはすでにデザインされたインタフェースがあった。 「方向キーを押したらその方向に関する何かが作用するんだろうな」という共通認識を僕らは持っていた。 でも今はそれが無くなってしまった。 まあその代わりに、「タッチインタフェースの定番」みたいなものを僕らは学びつつあるんだけどね。

タッチデバイスでやるゲームのインタフェースデザインを考えるのは、面白いけど大変だ。 快適に遊ぶためには、いくつかデザインの制約が生まれるからだ。 今まで遊んできたコンソールゲームでよく見かけた UI パターンも、 タッチデバイスでは通用しなくなることがよくある。

僕は仕事では基本的にプログラマーとしてゲームの設計・実装をしているんだけど、 最近はゲームデザインや UI デザインに責任を持つような立場にもなっている。 それだけに、UI デザインにはしばしば頭を悩まされる。

「今の時代におけるタッチデバイスのゲーム」の UI デザインについて、 覚えておくべき事実がいくつかある。

  • (1) 説明が必要なもの、面倒なものは遊んでもらえない
  • (2) タッチするとき、画面が手を覆う
  • (3) タッチするとき、指をその場所まで動かす必要がある
  • (4) タッチ操作はミスしやすい

3.1 説明が必要なもの、面倒なものは遊んでもらえない

言うまでもないことだが、今の時代、世の中には無料で面白いものがたくさん溢れている。 僕の経験によれば、どうやら人間は『楽で楽しい』ものに流れる。 説明が必要になるような UI は楽しかったとしても、 楽ではないから多くの人にはさわってもらえない。

方向キーがあった時代はとりあえずキーを押してみれば、画面上の何かが動いて何をすればよいかがわかった。 でも今はそれが無い。どこをさわればいいのか? プレイヤーの選択肢はスクリーンのサイズだけある。 しかも操作のパターンも1つじゃないから、組み合わせは膨大だ。 スワイプピンチ操作 なんてもののはコントローラ時代にはなかったものだしね。

こういった問題に対処する戦略は色々ある。 うまく視線が誘導されるような配置にするとか、 押してもらいたいものを色や動きで強調するとかだ。 一番かっこいいのは「見た瞬間わかるデザイン」にすることで、 逆に「見ただけじゃわからない」のは何としても避けたい。

例えば以下の「横にスクロールするリスト画面のデフォルト表示」だけど、 右の方なら見ただけで「あっ、横にスクロールしそう」というのが伝わるだろう。 タッチデバイスの UI デザインはこうあるべきだ。

3.2 タッチするとき、画面が手を覆う

これはタッチデバイスのゲームやアプリを作る人なら誰もが考えるところだろう。 「キャラをドラッグして動かす」ようなゲームはマウスで遊ぶには向いているが、 指でやろうとすると「注目したいキャラのまわりが手で隠れる」 という、アクションゲームとしては致命的な問題を生むことになる。

どうしてもドラッグで動かしたい場合には、 キャラからずれていても動かせるようにする、といった工夫が必要だ。 iPhone アプリのケイブ社のシューティングなんかはこのあたりの配慮がちゃんとなされている。

あと、「選択したものが同じ画面にプレビューされる」といった UI を作るときも、 配置に気を使う必要がある。 コントローラで操作するゲームだったら、「上で選択して下にプレビュー」「左で選択して右にプレビュー」 といったレイアウトを考えるのは自然だ。 人間は上から下、左から右に視線を動かすのに慣れているからね。 (文字が全て縦書きのゲームだったり、アラビア語だったりしたら話は別だけど)

ところが困ったことに、人類の 90 %は右利き なんだ。 縦向きの片手持ちでプレイするときや、横向きで持ってプレイするとき、 メインの操作を右手で行う人の方が圧倒的に多い。 だからタッチデバイスでプレビューのレイアウトを作る場合は、逆に 「下で選択して上にプレビュー」「右で選択して左にプレビュー」 の方が操作しやすくなる。せっかくのプレビュー機能も、手で隠れてしまっては意味がないからね。

もっとも、「右で選択して左にプレビュー」(たまに見かけるが)これはこれで違和感がある。 「文字は左から右に読む」という視線の動きと衝突するからだ。 結局、プレビュー機能を作るときは上に詳細を出すか、 選択の操作の方をフリックなどにして画面が手で隠れないようにしてやるというのが落とし所となる。

3.3 タッチするとき、指をその場所まで動かす必要がある

ここは意外と見落とされがちなところだ。 スマートフォンのアプリやゲームは、しばしば片手で操作される。 電車の中などでよく見かける光景だ。 左利きの僕が左手で片手持ちすることを考えると、 人類の 90 %の右利きは、おそらく右手で片手持ちするのだろう。

片手持ちを考慮すると、遊びやすいゲームは操作が 下半分、とりわけ右下を中心とした円の中 で完結する必要がある。 要は右手の親指が動く範囲だ。左上は最も押しにくい。 画面が手で隠れることを考えても、上の領域は特殊な操作や画面のバックなど、 一部の機能に限定した方がいい。

また、「戻る / 閉じるボタンは右上か左上」みたいなものは PC のアプリケーションなどでは一般的になっているが、 タッチデバイスでやると案外億劫なものだ。 詳細を見るだけくらいの UI だったら、どこを押しても閉じるくらいにしておいた方がいい。

結局、タッチデバイスの UI の配置は、 コンソールゲームや PC アプリのそれよりも気を使わないといけないってことだ。 ちなみに僕は左利きだが、UI デザインは基本的に右利き優先で考えている。 左利きが右手を使うのは、右利きが左手を使うのよりは敷居が低いからだ。 僕もマウスとか右手で使うしさ。

3.4 タッチ操作はミスしやすい

あとこれ。 「ボタンは 44 x 44 ピクセル以上のサイズにしてね」と Apple の UI ガイドラインにも書いてあるけれど、 とにかくタッチデバイスは操作ミスをしやすい。 タッチデバイスが進化の最終形ではないと僕が思う理由は、主にここだ。 特にソフトウェアキーボードは煩わしくて、 メール作成やログイン情報の入力などは全く気が乗らなくなってしまう。 iPhone で Wifi のパスワード入力なんかを行うときなどはよく発狂したものだし、今でもよく発狂する。

タッチの判定領域をある程度大きくしなければならないことを考えると、 スマートフォンの画面は凝ったゲームを作るにはあまりにも狭い。 見た目には小さいボタンでもタッチ領域は広くとっておくとか、 重要なボタンを押し間違わないようなレイアウトや画面遷移にしなきゃいけないとか、 気を付けるべきポイントは色々ある。

かと言っていちいち確認を挟んだり、1画面の表示数を少なくしたりしても遊びにくいしね。 難しいところだ。

3.5 まとめると

まとめると? いや、何も僕はタッチデバイスの UI デザインのプラクティスをまとめたいわけじゃないんだ。 そういうのを求めている人は fladdict さん監訳のあの本でも読んでくれたらいい。 スマフォアプリ作者なら必読の良書だ。誌面のデザインもフルカラーで綺麗だよ。

こんな本が出てる時代だ。 僕が言いたいのは、タッチデバイスが普及して、 新しく考えることが増えたよねってことなんだ。 「スマフォでいつでもできる」ってところも、考えうるユースケースの数を増やしている。 PC のデスクトップで動くゲームを作ってた頃は、 「電車の中で片手で遊べるか?」なんて気にすることはなかったのだから。

4. ビジネスとしてのゲームづくりの難しさ

悩みのタネは UI デザインの話だけではない。 趣味と違って仕事でゲームをつくろうとすると、さらに考えることが多くなる。 まあ色々あるんだけど、一番大きいのは ゲームが生み出さなければならない利益 との兼ね合いだろう。

僕はまだ大した仕事の経験は持ってないけど、まあ新米ならではの所感ということで聞いてほしい。

4.1 フリーミアムモデルがゲームデザインに与える影響

告白しよう。僕は社会人3年目で、ゲームは趣味でも学生の頃から作り続けてきたけど、 お金をもらってゲームを作ったことはあっても、 自分のつくった『作品』に一定の料金を設けるということを経験したことがない。 有料のアプリを売ったことがないんだ。仕事でもそうだ。

いわゆる フリーミアム ってやつだ。無料で始めてもらえて、 あとは特別な機能とかにお金を払ってもらうというものだ。 今、世を席巻しているモバイルゲームは基本的にこのモデルだし、 最初にお金を払うコンソールゲームでも追加で従量課金するものが増えてきた。 方向キーとボタンが無くなったこととは関係ないけれど、 時代的には今はそういう流れになっているってことだ。 インターネット時代は『最初にお金を払う』というルールまで取っ払ってしまった。

フリーミアムは、ユーザによっては「えげつない商法だ」と感じる人もいるかもしれないけど、 それはゲームがそういう悪いデザインをしてしまった場合の話だ。 僕はフリーミアムというモデル自体は現代的で素晴らしいものだと思っている。 何故ならお金が払われたことが、『遊んでもらえた』ことの証明になるからだ。

ただしフリーミアムモデルでゲームを作って、ビジネスとして売上を立てなければならない場合、 「売上の上げ方」という軸が、ゲームデザインに影響を与えてしまうことになる。 純粋にゲームのことだけを考えたデザインができなくなるんだ。 新しいステージや音楽、アバターを買うといったような「コンテンツを買う」タイプの課金でない限り、 フリーミアムモデルはゲームデザインに何かしらの影響を与える。

4.2 売上と面白さのトレードオフがある場合

注意すべきは、売上という言葉に目がくらむと、 やりたかった本当のゲームデザインができなくなる場合があるという点だ。 「世界観的にもさ、このタイプのアイテムはこういう位置づけにしたいわけよ」 とデザインしていたとしても、売上の観点で議論する過程で 「いや、でもこれこそが重要な課金ポイントだ、こいつはここで売ろう」 となったりするわけだ。

売上を最大化して、ゲームの面白さも変わらず保てるような意思決定は迷わずやっていい。 君が岐路に立たされるのは、 『こうすると売上は上がるが、本来考えていたものよりもゲームの面白さは下がる』 といった選択肢に遭遇した場合だ。 君が求めるのは売上か? プレイヤーの喜びか? それは君の仕事に対する哲学によって決まる。

ちなみに僕には1つの信条がある。

  • プレイヤーの満足度を犠牲にして売上を上げた場合、長期の売上は下がる

というものだ。 いわゆる「えげつない商法」とか「過剰な煽り」をやって短期的に売上が得られたとしても、 プレイヤーは運営の「稼ごうとする感じ」にどこかで気づいていて、ゲームから心が離れてしまう。 そして最終的に得られる合計の売上は下がってしまうかもしれない。 問題なのは、「本来なら得られたであろう長期の売上」は確かめる術がなくて、 「短期の売上」というものは輝かしく見えてしまうということだ。 だが長く続けたいビジネスなのであれば、本質を見失わないようにありたいものだ。

だからビジネス要件に迫られたとき、僕は自問するようにしている。

  • それはプレイヤーの 長期的な 売上を上げるものなのか?

5. 結局、何でゲームをつくるのが難しくなったかと言うと

昔よりも自由に発想ができていないのは何故か? 昔よりもゲームデザインを考えるのに時間がかかっているような気がするのは何故か?

考える軸が増えすぎたんだ。 昔は自分の手が届く小さな世界で、自分の好きなゲームを作っているだけでよかった。 タッチデバイスがどうとか、UI デザインがどうとか、 プラットフォームがどうとか、ターゲット層がどうとか、売上がどうとか、 そんなことを考える必要はなかった。 だから GENETOS は完成したし、自分としても納得のいく作品に仕上がったんだ。 軸がブレてなかったからというより、軸の数が少なかったから。

学校で最適化問題を扱ったことがある人ならわかるだろうけど、 変数の数が多くなるほど最適解を求めるには時間がかかるようになる。 そして人はあるとき気づく。変数の数が増えすぎた時、 それを同時に満たす理想の答えなんてものは、存在しないってことに。

これは必然だったんだ。世の中には失いたくないもの同士のトレードオフを避けられない選択肢がたくさんある。 だから人は時間を使って悩む。でもそれじゃダメなんだ。 答えの無い問題を悩み続けるのは、ただ困っているのと同じことなんだ。 僕らは少しずつでも前に進まなきゃいけない。

では、このたくさんの軸を目の前にして、僕はどうする?

6. 軸を減らそう

認めよう。多くの要求を同時に満たすことはできない。 僕はその中からいくつかを選ばなきゃいけない。 本質ではない軸を決めて、捨てる勇気を持つんだ。 アジャイル開発 でも言われることだけど、 やらないことを決める ことが重要なんだ。 僕は僕が何を一番大事にしたいのか、『ブラしちゃいけない軸』 が何なのかを見極めなければならない。

現代を生きる僕には、「まあ今なら当然タッチデバイスのゲーム作るよね」 「片手でもやりやすいように、縦画面だよね」みたいな前提がどこかにあった。 でもそれはゲームデザインの本質じゃない。 本当に表現したいことがそれでは実現しにくいものだとしたらどうだろう? 最初にやることは、UI デザインをうだうだ考えることよりも、 キーボードで動く横長の画面の Flash ゲームをとりあえず作ってみることなのかもしれない。

尊敬する上司と飲み屋で話していたときに、ちょうどこういう話になった。 上司の人はこう言っていた。

  • 「テスト駆動開発で三角測量(Triangulate)ってのがあるけど、軸が2つくらいなら、3つ目の答えはそこから求まるんだよね。逆に軸がそれ以上になると、難しいんじゃないかな」

なるほど、それは腑に落ちる比喩だ。 また、一緒にシメのお茶漬けを食べているときにこうも言ってくれた。

  • 「小山達矢が RPG を作ったら、とか小山達矢がアクションゲームを作ったら、とかを見てみたいね。RPG とかアクションっていうベースはもうあるわけだからそこは動かさなくてよくて、そうしてその上にのっかるものが君の軸になるんじゃない」

この言葉は僕の心を強く打って、梅茶漬けがしょっぱくなった。 たしかに今僕に必要なのは、考えすぎずに何かを作ってみることなのかもしれない。

7. 次は

ということで目先の趣味プロジェクトとしては、いくつかミニマルなゲームを作ってみようかなと考えている。 今まではシューティングとかパズル的なものばかりだったので、 プラットフォーマーや RPG、音ゲー的なものも作ってみたい。 まあいつ気が変わるか分からないが、ゲームとは何か、 みたいな難しいことを考え続けるよりは手を動かした方がよいだろう。 そこで得られた気付きが、仕事のゲーム開発にも活きるかもしれない。

もう一度思い出そう、僕が一番やりたかったことは何なのかを。